2026年6月5日に神戸国際会館こ財津和夫さんのコンサートがありました。
コンサートのタイトルが「そして」です。
筆者は家内とそのコンサートに行き、数十年ぶりに財津和夫さんの生の声を聞いてきました。
とっても若い声でお元気でした!
この記事では、財津和夫さんの年齢と妻や家族、財津和夫さんの経歴と残してきた功績の数々について深堀していきたいと思います。
財津和夫の年齢と若々しさの秘訣
財津和夫さんは1948年2月19日生まれで、現在78歳です。
78歳と言えば後期高齢者ですが、ステージでの歌声・パフォーマンスのエネルギーが衰えにくくてファンの方達から「若々しい」「変わらない」と言われることが多いと思います。
筆者もコンサートに行って同じ感想を抱きました。

財津和夫さんの若さの理由・秘訣(本人や関連情報から)
1.音楽活動を続けている情熱と生きがい
52年以上ステージに立ち、50周年・55周年ツアーなどをこなされています。
音楽が「救い」になり、創作やライブが心身の活力源になっているようです。
大腸がんを経験した後も新曲制作や活動再開で復活しました。
引退を考えた時期もあったようですが、作詞講座や新曲「人生はひとつ でも一度じゃない」(「大丈夫さ」を繰り返すメッセージソング)で前向きになれたとのこと。
2.力の抜き方・ストレスとの付き合い方の変化
若い頃は「とんがって」無理をしていたが、最近は「うまい力の抜き方」を心得、リラックスしたパフォーマンスを心がけています。
ストレスを感じたら闘うより受け流す姿勢にシフト。ゴールが近づいた分、肩の力が抜けているのが若々しさの源かもしれませんね。
3.がん克服後の前向きなマインド
2017年に大腸がんを公表・手術。入院中も音楽を聴いて癒され、「病気を認める」ことで生き方を見直しました。
退院後も「俗人に戻る」くらいの自然体で、死を意識した経験が逆に強さになったと語っています。
くよくよせず、好きなことを続ける姿勢が長生き・若々しさに繋がっているようです。
4.自然体・日常的な生活
特別な厳しい食事制限や美容法の話は少なく、普通に活動・生活を続けている印象があります。
長年のツアー生活(移動・ホテル・ステージ)で培ったタフさと、九州出身の気質(ストレートで前向き)も影響しているのではないでしょうか。
財津さん自身は「老人は自由」「もはや失うものはない」と、年齢をポジティブに捉えているようです。
歌手が実年齢より若く見える理由は
- 体を継続的に使っている ライブやステージではかなりの運動量があります。歌いながら動くことで有酸素運動になり、体力や代謝の維持につながります。
- 発声そのものが健康維持に役立つ 歌うと呼吸筋や表情筋を使います。深い呼吸は肺機能の維持にも役立ち、顔の筋肉もよく動かします。
- 見た目の管理を仕事としている 歌手は人前に出る職業なので、食事管理、運動、睡眠、スキンケアなどに力を入れている人が少なくありません
- メイクやスタイリングの効果 テレビや写真で見る姿は、プロのヘアメイクや照明、撮影技術によって若々しく見えることがあります
- 好きなことを続けている 音楽活動に情熱を持ち続けることで、精神的な若さや活力が保たれるという面もあります。ストレスが少ないわけではありませんが、生きがいを持つことは心身によい影響を与えることがあります
やはり、プロとして人前でパフォーマンスを披露するということが、一番大きいのでしょうね。
トラじろう私もその歳まで現役で頑張りたい。財津さんを見本にします。
財津和夫の妻と家族について
wiki風に紹介します。
妻
- 名前:馬渡千鶴(まわたり ちづる)さん(通称・知都子(ちずこ)さん)
- 生年:財津さんより11歳年下(財津さん1948年生まれなので、1959年頃生まれ)
- 出身:福岡県(財津さんと同じ)
- 学歴・経歴:上智大学仏文科卒業後、東京でOL(会社員)として働いていた
- 馴れ初め:知人の紹介でチューリップのメンバーと知り合い、グループ交際から自然に発展。月1回のペースで福岡でデートを重ね、約4〜7年の交際期間を経て結婚。財津さんはメンバーや事務所に交際を一切明かさず、結婚発表は周囲にとって寝耳に水だったそうです。
- 結婚:1985年3月16日(財津さん37歳頃、千鶴さん25歳頃)。結婚式・披露宴は挙げていません(若気の至りだったと本人が後年語っています)。
妻の千鶴さんは公の場にあまり出ない方ですが、家族の支えとして長年寄り添っているという方だそうです。
子供
一男一女がいます。
- 長女:財津慶子(ざいつ けいこ)さん
- 声優活動をしていた時期あり(青二プロダクション所属、2010年代前半)。立教大学卒業。
- 現在も父のオンラインイベントなどにゲスト出演し、親子でトークする様子が見られます。孫(財津さんの孫)の話などもするなど、家族仲の良さがうかがえます。
- 長男:財津和典(ざいつ かずのり)さん
- 音楽関連の活動をしている様子で、父である財津和夫さん曲の編曲などを手がけたことも。オンラインイベントで財津和夫さんと共演するなど、親子で音楽を通じて交流しています。
財津さんは家族を大切にしつつ、音楽に情熱を注ぐバランスの取れた生活を送っている印象です。
詳細は財津和夫さんの自伝や最近のインタビュー(婦人公論など)で確認できます。
家族を大事にし家族からも大事にされるアーティストですね。
財津和夫の経歴と残した功績は?
財津和夫さんは、シンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサー、ラジオDJ、俳優として活動し大阪芸術大学芸術学部演奏学科教授と多才な顔をもっています。
また、「和製ポール・マッカートニー」と称されるメロディーメーカーとしても知られていますね。
経歴の概要
生立ちとデビュー前:
- 福岡で育ち、高校時代にビートルズの影響を受けて音楽活動を開始。
- 西南学院大学在学中にバンド活動を行い、1971年にロックバンド「チューリップ」を結成し、リーダー・ボーカル・ベースを担当。
- 1972年に上京し、シングル「魔法の黄色い靴」で東芝音工(現EMI)からメジャーデビュー
チューリップ時代:
- 1973年の3枚目のシングル「心の旅」(リードボーカルは姫野達也)がオリコン1位を獲得し大ブレイク。
- 以降、「青春の影」「虹とスニーカーの頃」などの多くのヒット曲を生み、バンドとして精力的に活動する(アルバム47枚、シングル41枚、ツアー1467本)
ソロ活動:
- 1978年頃から並行してソロ活動を開始(シングル「二人だけの夜」など)
- 1980代以降はチューリップ活動と並行し、解散後もソロを中心に活動。
- 1993年の「サボテンの花」(ドラマ『ひとつ屋根の下』)が大ヒット。
- ソロではアルバム17枚、シングル20枚、ツアー307本を記録する。
主な功績
作曲家・プロデューサーとして:
- 松田聖子、藤井フミヤ、沢田知可子など多くのアーティストに楽曲を提供。
- NHK『みんなのうた』の「切手のないおくりもの」などの名曲も生み、音楽教育にも影響を与えました。
メロディメーカー:
- キャッチ―かつ情感豊かなメロディーで、日本のポップスやロックシーンに貢献。
- 1973年の「心の旅」などは今も歌い継がれています。
多角的な活動:
- 俳優、ラジオパーソナリティー、大学教授、作詞講座講師、ミュージカル音楽制作など幅広く活躍
- チューリップは2022年から50周年ツアー(全64本)を行うなどと、長年にわたるライブ活動も特徴です
1970年代の日本のロック/ポップスブームを牽引したアーティストの一人としての財津和夫さんは、創作活動と教育・更新育成の両面で長く貢献しし続けています。
現在もライブや執筆など多方面で活躍されていますよね。



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最後までお読みいただきありがとうございます。
コンサートで財津和夫さんご本人をみて生の歌声も聞いて、その時感じた若さをメインに記事を書いてみようと思いました。
コンサートとタイトルには「with 姫野達也」とあり、姫野達也さんもトークに歌にと会場を盛り上げてくれました。
関西でまたコンサートがあるときには必ず行こうと思います。




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