2026年7月17日(金曜日)放送の『沸騰ワード10』で伝説の家政婦 志麻さんが出演されました。
この記事では、伝説の家政婦 志麻さんに起きたと思われるトラブルや逃げたということについて深掘りしていきたいと思います。
伝説の家政婦志麻さんにトラブル!逃げたという黒歴史?
家政婦 志麻さんでYahoo!で検索するとこのようなサジェストが目に留まりました。

逃げたとかトラブルとか何なんでしょうか?気になりますよね。

何かやらかした?
実は、10年働いたビストロを「長い間お世話になりました」と書置きしてやめてしまったんです。
そこを深堀りする前にチョット志麻さんについての基本的なところを押さえておきたいと思います。
伝説の家政婦 志麻さんは「タサン志麻」というのが本名です。
タサン志麻さんのwiki風プロフィール
- 生年:1979年
- 出身:山口県長門市
- 学歴:山口県立大津高等学校卒業~大阪あべの・辻調理師専門学校及び同グループフランス校を卒業
- 経歴:フランスのミシュラン三ツ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」で研修 帰国後、老舗フレンチレストランや ビストロで約15年間シェフとして活躍


タサン志麻さんの料理人としての原点は、台所に立つ母親の姿でした。
働いていた母親は、毎日忙しくてクタクタだったはずなのみ、いつも楽しそうに料理をしていたそうです。
「今日はなに作ろっかなあ」と言いながら、料理の本を楽しそうにみていました。
共働きの両親のもと、タサン志麻さんは小学一年生から包丁を持たされました。母親から「自分のものは自分で作りなさい」と言われ、料理の基本的なことはこのときに身に付いたようです。
このときに料理は楽しいもの、楽しくあるべきものという感覚も教わったようです。
そんなタサン志麻さんがフランスに留学して経験してきたことと、帰国してから日本で料理をして感じた違いやギャップに悩むことになります。
まず、タサン志麻さんはフランス留学で、日本の食卓と違い、会話の絶えない食卓に驚いています
フランスでフランクな形のフレンチが強く心に残っていたようで、日本でのフランス料理の立ち位置にかなりの違和感を感じていたようです。
ビストロで10年ほど働いていても「何かが違う」というのが心から離れず、
このときに、自分の頭の中を整理できなくなってしまい、思い詰めた末「長い間お世話になりました」と書置きしてやめてしまったそうです。



このことを逃げたとかトラブルと
思われているのですね。
辞めたときはどん底で何も無くった感じだったそうですが、後悔はしていないとのことです。辞めないと自分が潰れていたからとコメントしています。
でも15年も務めた職場をやめるには相当な決心が必要ですよね。
その仕事が嫌いならともかく好きで飛び込んだ世界ですからなおさらだったと思います。
でも、それを後悔するかしないかはその後の自分の行動と結果がすべてなんですよね。
志麻さんは後日、自分の気持ちと向き合って、傷つき悩んでぼろぼろになったけど、自分の気持ちに正直に向き合ってよかったともコメントしています。
一般論でいうと辞め方にはかなり問題がありますし、辞められた側にしてみればその日からてんてこ舞いでかなり大変だったと想像できます。
でも、これは端からみている第三者だからそう思うのであって、本人からするとそれがベストだったということなんですね。



志麻さんの隠された黒歴史ですネ。
伝説の家政婦志麻さんの顔が変わったという話があるようです。気になる方はコチラ


あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
この記事では伝説の家政婦志麻さんがトラブルにとか、逃げたと検索されている理由について調査してきました。
志麻さんの中では いわゆる黒歴史なのかもしれませんね。
志麻さんはレシピだけではどうしても伝えられないことがあるという理由からYouTubeでの情報発信も始められています。
気になる方はどうぞ。








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