ホラー作家・背筋さんの代表作として大ヒットした『近畿地方のある場所について』。
タイトルからして不気味なこの作品ですが、読んだ人の中には、
「これって実話なの?」
「作中に登場するある場所は本当に存在するのでは?」
「モデルになったダムや神社が近畿地方にあるのでは?」
と気になった方も多いのではないでしょうか。
この記事では、『近畿地方のある場所について』は実話なのか、そしてその作品の舞台にはモデルとなった実在の場所があるのかについて考察していきます。
- 『近畿地方のある場所について』は実話なのか
- 何故実話だと思われるのか
- 『近畿地方のある場所』のモデルはどこなのか
『近畿地方のある場所について』は実話なのか?
まず結論からいうと、『近畿地方のある場所について』の物語そのものは、実話をそのまま描いた作品ではなくフィクションです。
ただ、この物語が興味深いのは、すべてをゼロから作り上げた完全な空想の物語とも言い切れないところにあります。
作者の背筋さんは、作品を作る際に自分自身が体験したことや、友人・知人から聞いた話などをヒントにしていることを語っています。
また、大学時代の経験をもとにした要素も作品のなかに取り入れられているとされています。

背筋さんの中でははっきりとした場所がイメージされているようですね。
つまり、『近畿地方のある場所について』は、
実際にあった出来事をそのまま小説化した「実話」ではないものの、現実に存在する体験や場所、怪談などを創作の材料にした作品
と考えるのが自然だと思います。
この「現実とフィクションの境界」が曖昧なことこそ、この作品の恐ろしさに繋がっているのだと思います。
読者は物語を読み進めるうちに、
「これは作者が作った話なのか?」
「もしかすると、元になった事件や場所が本当にあるのでは?」
という感覚に陥ってしまいますよね。
実際にはフィクションであるにもかかわらず、どこまでが創作で、どこからが現実なのか分からなくなってしまう。
『近畿地方のある場所について』は、まさにその感覚を楽しむタイプのホラー作品だといえるのではないでしょうか。
なぜ『近畿地方のある場所について』は実話だと思われるのか?
では、なぜ多くの読者は『近畿地方のある場所について』を読んで、「実話なのではないか」と感じるのでしょうか。



その理由は作品の構成にあるようです!
この物語は、一般的な小説のように主人公が登場し、物語が時系列に沿って進んでいくわけではありません。
過去の雑誌記事、インタビュー、読者から寄せられた体験談、インターネット上の書き込みなど、さまざまな「資料」が提示され、それらを読み解くことで少しずつ謎が浮かび上がっていきます。
こうした手法は、まるで実際に存在する事件や怪談について、誰かが資料を集めて調査しているような感覚を読者に与えます。
また、「近畿地方のある場所」というタイトルも、リアリティを高める大きな要素になっています。
もし作品の舞台が完全な架空の地名であれば、読者はすぐに「これはフィクションだ」と意識しますよね。
ですが、「近畿地方」という実際に存在する地域名を使いながら、肝心の場所だけを「あえて明かさない」という設定にすることで、
「もしかしたら、自分の知っている場所の近くなのでは?」
という想像が生まれます。


特に近畿地方に住んでいる人や、以前住んでいたことがある人にとっては、作品のなかに登場する山や街、ダム、神社などの描写から、実在する場所を思い浮かべることもあるでしょう。
このように、『近畿地方のある場所について』は、あえて現実に近い設定を作りながら、重要な部分だけを曖昧にしています。
その「分かりそうで分からない」感覚が、読者に「実話なのでは?」と思わせる大きな理由なのではないでしょうか。
『近畿地方のある場所』のモデルはどこ?ダムや神社との関係を考察
では、作品のタイトルにもなっている「近畿地方のある場所」には、実際のモデルが存在するのでしょうか。
現時点で、背筋さんが、
「この場所が作品のモデルです」
と特定の場所を正式に明かした事実は確認されていません。
そのため、インターネット上などで名前が挙がっているダムや神社についても、「ここがモデルだ」と断定することはできません。
ただし、背筋さん自身が、実際に訪れた場所や体験を作品作りのヒントにしていることは明らかにされています。
特に、山の中にあるダムを訪れた際の体験や、その周辺にある場所から感じた独特の雰囲気が、作品の着想につながったと考えられるエピソードもあります。
ここで重要なのは、「実在するダムがそのまま作品の舞台になった」と考えるよりも、「実際の体験から得た恐怖や違和感が作品に取り入れられた」と考えることでしょう。
例えば、山道を進んだ先に突然現れる巨大なダム。
その周辺にある人の気配が少ない場所。
昔からそこにあるような神社や、どこか閉ざされたような集落。
こうした場所は、実際の近畿地方にも数多く存在します。
近畿地方は大阪や京都、神戸といった大都市のイメージが強い一方、少し郊外へ進むと、山や渓谷、ダム、古い神社などが広がっています。


つまり、都市と山が比較的近いという近畿地方独特の地理的な特徴そのものが、『近畿地方のある場所について』の世界観に影響を与えている可能性は十分にありそうです。
そのため、作品のモデルについては、特定の「一か所」を探すよりも、
- 作者が実際に訪れた場所
- 自身が暮らしていた地域の風景
- 友人や知人から聞いた場所の話
- 実在する怪談や都市伝説
など、複数の要素を組み合わせて作られたと考えるほうが自然ではないでしょうか。
また、仮に実在する場所が創作のヒントになっていたとしても、作者が具体的な名称を明かさないことにも理由があると考えられます。



変に場所を特定してしまうと問題が起きたり迷惑が掛かるからですね。
特定の場所が「心霊スポット」や「呪われた場所」として広まれば、そこに住む人や管理者に迷惑がかかる可能性もあります。
そのため、あえて場所を特定できないようにしている可能性もあるでしょう。
結局『近畿地方のある場所』は実在する?モデルの場所についての考察
ここまでの情報を整理すると、『近畿地方のある場所について』に登場する「ある場所」は、実在する特定の一か所をそのままモデルにした場所ではない可能性が高いと考えられます。
もちろん、作者自身が実際に訪れたダムや山、神社などが作品の着想になっている可能性はあります。
筆者は、『近畿地方のある場所』の正体は、
「実在する一つの場所」ではなく、「近畿地方のどこかに本当にありそうな場所」を集めて作られた架空の空間
なのではないかと考えています。
その理由は、作品が最初から最後まで、現実とフィクションの境界を曖昧にすることを大きな特徴としているからです。
もし作者が、
「モデルは○○県の△△ダムです」
と明かしてしまえば、読者の興味は「その場所を見に行きたい」という方向に変わってしまいます。
しかし、場所を明かさないことで、読者は作品を読み終えた後も、
「近畿地方のどこかに本当にあるのでは?」
「自分が知らないだけで、似たような場所が存在するのでは?」
と想像し続けることになります。
物語そのものはフィクションです。
しかし、そのなかには作者自身の体験や実際に聞いた話、近畿地方のリアルな風景や怪談文化など、現実につながる要素が散りばめられています。
だからこそ読者は、読み終えた後になっても、
「あれは本当に作り話だったのだろうか?」
と感じてしまうのでしょう。
ホラー作家 背筋さんについてより知りたい方はコチラ


あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
総論として、『近畿地方のある場所について』のモデルを探すこと自体が、この作品の楽しみ方の一つなのかもしれません。
むしろ、はっきりと答えが分からないからこそ、「近畿地方のある場所」はこれほど多くの人の想像をかき立てているのではないかと筆者は思います。








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