2026年8月1日放送の『出没!アド街ック天国』~BIGな茨城~というテーマのなかで「ザ・ヒロサワ・シティ」が紹介されました。
この「ザ・ヒロサワ・シティ」は個人が構想し建設している所ということで今回の放送になったようです。
その個人というのが広沢グループ会長の廣澤清さんであると紹介され、廣澤清さんについて調べてみようと記事にしました。
この記事では以下の事について調査していきます。
- 廣澤清さんとは何者なのか?
- 廣澤清さんはいったいどれほどの資産を保有してるのか?
- 廣澤清さんのwiki風経歴について
廣澤清さんて何者なの?
廣澤清さんは「広沢グループ」の総帥として君臨されています。

「広沢グループ」は製造・流通・教育の3部門をダイナミックに融合して、飛躍を続ける複合企業体として紹介されており、廣澤清さんが1977年に廣澤精機製作所の社長に就任したのが発端だそうです。
現在の廣澤精機製作所の社長は3代目の柴田清之さんとのこと。
「広沢グループ」とは
広沢グループの母体は金属プレス加工や精密金型製作を専門とする廣澤精機製作所です。
「広沢グループ」は、茨城県筑西市を拠点とする企業グループで、広沢商事株式会社を中核企業として、多角的な事業を展開しています。単一の事業に依存せず、自動車販売、ホテル、ゴルフ場、不動産、農業、テーマパークなど幅広い分野を手掛けていることが特徴です。
グループ概要
- 本拠地:茨城県筑西市「ザ・ヒロサワ・シティ」
- 中核企業:広沢商事株式会社
- 経営理念:「自然・健康・文化」をテーマにした地域づくり
- 茨城県・栃木県・東京都を中心に事業を展開しています。

主な事業内容
1.自動車事業 広沢グループを代表する事業の一つです。
輸入車正規ディーラー、二輪車販売、新車・中古車販売、車検・整備、自動車保険など車・二輪車に関わる全般を手掛けています。
2.オフィス家具・オフィス環境事業
法人向けに、オフィス家具、OA機器、金庫、コインロッカー、空調設備、輸入家具などの販売・提案をする事業。
3.エネルギー事業
サービスステーションを運営し、ガソリン、軽油、潤滑油、切削油の販売とセルフ洗車場などを提供。
4.ホテル事業
HOTELルートつくば、小山パレスホテルを運営。

スゴすぎて紹介しているコチラが
疲れてきました(笑) まだまだあります。
5.ゴルフ・スポーツ事業
下館ゴルフ倶楽部、下館パークゴルフ場、オフロードコースなどのスポーツ・レジャー施設も運営
6.不動産事業
茨城・栃木・東京を中心に土地・建物・賃貸物件などの管理運営。
7.農業事業
農園や貸し農園を運営し、農産物の栽培、果樹・温室・農業体験などを展開
8.ザ・ヒロサワ・シティ運営
広沢グループの象徴的な事業です。約100万㎡の広大な敷地(東京ドーム23個分相当)に
- ゴルフ場
- パークゴルフ場
- 美術館
- クラッシックカー展示
- 航空機展示
- 農園
- スポーツ施設
- 文化施設 などを集約した複合施設を運営
いち金属加工製作所の社長からこれほどの事業に展開するってどんだけすごい人なんでしょう!
廣澤清さんの資産が驚愕!
現時点でザ・ヒロサワ・シティの総帥である廣澤清さんの個人資産を公表した公式な資料はありませんが、数百億円規模にはなっていると推測されます。
唯一公開情報で確認できるのが、日本アイ・エス・ケイの株式で、保有株数約21万7000株、時価約4億円。
公開されていませんが広沢グループの中核企業(非上場企業)株式会社広沢製作所、株式会社廣澤精機製作所等の5社の持株もあります。
グループ全体の規模としては、約20社、国内事業所約60カ所、従業員約2,000名規模です。
廣澤精機製作所を基盤に、流通・不動産・教育・福祉・ヒロサワシティ運営(ゴルフ場・美術館・博物館・農園など複合施設)を展開していますので、これらを考慮しても相当の資産を保有していると推測されます。
ヒロサワシティは砂利採取跡地を活用して。30年以上かけて美術館、航空・鉄道・クラッシックカー展示(YS-11,ゼロ戦、新幹線など)し、ゴルフ場なども構築し、さらに温泉掘削もすすめている継続投資プロジェクトです。


当然、相当な負債も抱えていると思いますが、筆者が思うにはこれらの多額な負債は将来の収益を生むための「良い借金」「資産を増やすための借金」と言えますね。
廣澤清さんのwiki経歴について
基本プロフィール
- 氏名:廣澤 清
- 出身地:茨木県小栗村(現 筑西市)
- 生年:1938年(昭和13年)7月19日生まれ
- 学歴:下館市(現筑西市)の高校を卒業
- 年齢:88歳(2026年8月時点)
- 広沢グループの実質的な育成者・オーナー経営者
- 茨城県筑西市を拠点に、製造業を核とするグループ経営を推進
経歴
- 1963年 下館で広沢製作所を法人化(当時の社員10名)
- 1977年 広沢製作所(現・廣澤精機製作所)の社長に就任
- 1987年 日本アイ・エス・ケイ(当時キング工業)の代表取締役就任
- 1987年 ビアンエアージャパン代表取締役社長就任
- 1988年 日本アイ・エス・ケイ代表取締役社長
- 1998年 広沢製作所代表取締役会長
- 2008年 カーズ・ヒロサワ代表取締役
- 2013年頃 広沢製作所代表取締役会長兼社長
- 2014年 日本アイ・エス・ケイ代表取締役会長
廣澤清さんはどんな人だったんでしょうか?
人物像としては、長期的な視点を持つ経営者で数十年単位で事業を育てる姿勢が特徴的と言われています。
又、地域貢献を重視しており、利益追求だけでなく、文化・教育・観光を含めた地域活性化を経営の柱に据えていました。
製造業で培った基盤を基に、異業種へ積極的に進出と多角経営を推進しています。
そして、何よりも興味深いのは、常に現場重視しており、製造現場や社員との関わりを重視する経営姿勢を貫いていました。



廣澤清さんのような発想がどこから生まれてくるのかご本人に聞いてみたいです。
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あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
この記事では広沢グループ会長の廣澤清さんについていろいろと深掘りしてきました。
記事を執筆していて思ったのは「なんと壮大な計画を若いうちから持っていた人なんだ」という事です。
すごいのは計画を構想するだけでなく実現しており、今も進行中というから驚き以外の何物でもありません。
筆者も一度は行ってみたい場所となりました。









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